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ソニーが実践!
未来を共創するワークショップ
固定観念を"解体"し合う?ソニー新入社員が体験したワークショップとは [後編]

ソニー株式会社(SEC)の伊藤鈴さん、佐武陸史さんが佐藤 尋宣さんに話を聞いている写真

ふだんの生活を何気なく過ごしていると、いつの間にか自分の固定観念に縛られてしまうことがあります。

自分にとっては使いやすい製品だけれど、他の人にとってはどうなのか。私たちが提供する「便利」は、より多くの人が使えるものになっているのか──。

そうした視点や疑問を忘れずに、製品やサービスを創造する人を育てるためにソニーで行われているのが「インクルーシブデザイン・ワークショップ」。

ソニーの新入社員が、全盲のリードユーザーさんと過ごした一日に密着しました。

ソニー株式会社(SEC)の会議室でホワイトボードを見ているSEC社員と佐藤 尋宣さんの写真
インクルーシブデザインワークショップの様子

取材に協力してくれたのは、ドラマーとして活躍する全盲の佐藤尋宣さんと、ソニー新入社員の伊藤鈴さんと佐武陸史さん。伊藤さんは佐藤さん、佐武さんは電動車いすユーザーの和久井真糸さんのチームに入りました。

お互いにニックネームで呼び合うのがワークショップの決まりです。佐藤さんは「サトちゃん」、伊藤さんは「リン」、佐武さんは「さぶちゃん」(ここから先は、3人をニックネームで呼ぶことにします)。

ワークショップの様子を紹介した前編に続き、後編ではワークショップを終えた3人にインタビューを行いました。

ソニー株式会社(SEC)の伊藤鈴さんの笑顔の写真

ワークショップに参加しました!

伊藤 鈴さん

ソニー株式会社ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部 システム・ソフトウェアセンター ソフトウェア技術第1部門

2022年入社。テレビアプリのUI/UXデザインを担当。業務では、アクセシビリティに配慮したデザインをするよう心掛けている。最近は、デジタルウェルビーイングや、ファッションにおけるエシカル消費に関心を持ち、普段の生活でも意識するようにしている。

ソニー株式会社(SEC)の佐武 陸史さんの笑顔の写真

ワークショップに参加しました!

佐武 陸史さん

ソニー株式会社 品質マネジメント推進部門 インクルーシブ・HCD部

2022年入社。人間中心設計を全社推進する部署で、ユーザーテスト/ユーザー調査の実施支援を行っている。仕事柄、サステナビリティでも特にアクセシビリティの重要性を改めて感じており、普段の業務や資料作成でも視覚障がいの有無にかかわらず見やすい資料を作ることなどを心がけるようになった。

佐藤 尋宣さんの笑顔の写真

今回のリードユーザーは…

佐藤 尋宣さん

1980年生まれ
網膜色素変性症により生まれつき弱視で21歳の時視力を失う。 16才からドラムを始め大学卒業後にプロドラマーとして活動を始める。 現在はドラム奏者、ドラム講師の仕事と並行して、音楽を融合させた対話型の独自の障がい啓発プログラムを全国の教育機関等で実施している。

リードユーザーは、ひと足先に未来の世界を体験している人

──サトちゃん、改めて「リードユーザー」について教えてください。

サトちゃん:リードユーザーを一言でいうと、皆さんより先の世界を体験している人、ですね。人間、誰しも年をとると見えづらさだったり、歩きにくさだったり、体の不自由を感じるようになります。そうした身体的な制約を、僕らは生まれつき、あるいは途中から、すでに受けているわけです。

高齢化に伴いどんな問題が起きるかということが、制約の中で生きている僕らにはよく見える。「インクルーシブデザイン・ワークショップ」では、ファシリテーターとして参加する高齢者や障がい者が将来の水先案内人の役割を果たすので、「リードユーザー」と呼ばれています。

──皆さん、ワークショップに参加することに不安などはありませんでしたか。

さぶちゃん:僕は人間中心設計(常にユーザーの視点で考えることで優れた顧客体験を実現するためのプロセス)を全社推進する部署にいるので、障がいのある方がどんな視点で物事を捉えているのか学びたいと思って参加しました。どちらかと言うと不安より、ワクワク感のほうが強かったですね。

佐武陸史さんが話している写真

リンさん:私はちょっと不安もありました。街中で変にお手伝いしようとして、リードユーザーさんが「自分のやり方があるのに……」と困ったりするんじゃないかって。

サトちゃん:そうだったの? 僕はむしろ、リンさんもソニーの人も「ふだん障がい者と仕事してるんですか?」と思うくらいコミュニケーションがスムーズだったから、身近な友達とかに障がい者がいるのかなって。ソニーさんの社風なのかな。

障がい者と接すると構えてしまう人もいるから、みんなが萎縮しないように、というのが僕の唯一の不安。障がい者の世界をいっぱい知ってほしい、触れてほしいというのがいちばんありますね。

佐藤 尋宣さんの笑顔の写真

リードユーザーのポジティブな捉え方に、固定観念が覆された

──フィールドワークでは、どんなことが印象的でしたか。

さぶちゃん:僕は電動車いすユーザーの和久井さんと一緒のチームだったんですが、まずオフィスビルのドアを片手で開けて、そこから車椅子で出るのがすごく大変そうだったんです。

リードユーザーの和久井さんが車椅子に乗ってドアを開けようとしている写真
フィールドワークの道中、オフィスのドアを開けようとするリードユーザーの和久井さん

さぶちゃん:駅とか、上下に移動するときはエレベーターしか使えないんですが、初めての場所でエレベーターを探すのも時間がかかる。

それから切符を買うとき。車椅子に乗った状態で下から表示を見ると、蛍光灯の光で液晶画面が反射して、すごく見づらいんです。

リードユーザーの和久井さんが駅の切符売り場で列に並んでいる写真
フィールドワークの道中、切符購入の列に並ぶリードユーザーの和久井さん

リンさん:切符を買うのはサトちゃんも大変そうでしたよね。

サトちゃん:そうそう!点字の料金表とか、駅で準備はしてくれているんですけど「まずそれがどこにあるんだ? 」というとろから始まるので。

機械の操作も「左下のボタンを押すとガイド音声が始まります」と点字で書いてあるんだけど、「左下って、どこの左下?」って……。久しぶりに切符を買おうとしたけど、やっぱり時間がかかってしまったね。

佐藤 尋宣さんが切符売り場の料金表を触っている写真
フィールドワークの道中、切符購入に苦戦するリードユーザーのサトちゃん

リンさん:でも「感情マップ」のワークのとき、

私はサトちゃんが「その不便は、そんなに嫌じゃない。楽しいよ」とおっしゃることがあって、自分の思い込みに気づきました。勝手に、できないのが困る、すごく嫌なんじゃないかと思っていたんだなって。

サトちゃん:それは伝わってきました。「え、それも?」って、みんな声に出してリアクションしてくれたから。

さぶちゃん:自分の固定観念に気づいた瞬間、僕もありました。和久井さんは車椅子で移動するので、お店で買い物をするとき、棚の高い場所に置かれたものは手が届かない。でも「時間の余裕は必要だけど、お店の人に頼むと手伝ってくれる。コミュニケーションが取れるからすごくプラスなんだよ」と。自分はマイナスに捉えていたんですけど……。

車椅子の和久井さんが笑顔で話している写真
フィールドワークの道中、エレベーター内で社員と会話する和久井さん

サトちゃん:説明がすごく難しいんだけど、電車のドアだったら、どっちが開くか当てられたら、純粋にそれだけで嬉しくない? って感じなんですよね。僕からすると「やってみなきゃわかんない」というのが当たり前の世界だから。

佐藤 尋宣さんの笑顔の写真

もっと自由で、突拍子もないアイデアを聞かせてほしい

──ワークショップの最後には、チームで「2030年、誰もが楽しめる移動をデザインしよう」の答えを考えました。

さぶちゃん:フィールドワークのとき、和久井さんは車椅子に乗ってドアを開けようとすると力がいるし、駅で案内板を探すのも大変そうでした。でも「感情マップ」ではプラマイゼロだったんです。自分にとっては当たり前だから、気にしていないって。

体に不自由があると、移動にすごくエネルギーが必要になる。そこで「問題定義」では、このエネルギー消費を抑えることを課題として、「移動をアシストしてくれるスマホやめがね型のインターフェース」というアイデアを提案しました。車椅子の人には階段ではなくスロープを案内したり、最終的には空飛ぶ絨毯で連れて行ってくれるみたいな。

ソニー株式会社(SEC)の会議室で佐武陸史さんが提案をしている写真
ワークショップにて、アイデアを提案しているさぶちゃん

リンさん:うちのチームの「問題定義」は、「前提条件(暗黙知)の不一致」。障がいのない方々にとって便利な社会が、障がいのある方々にとって「不便」になっているんじゃないか。まずは前提条件をキャンセルしてみたらどうだろう、と考えました。

私は最初のアイデア出しのときに、その人の肩に乗って「あっちのルートがいいよ」と教えてくれるようなミニアシスタントを想像したんです。

最終的にチームで提案したのは「サウンドエージェント」。ARのような形で街情報を教えてくれたり、決済も個人認証を通して自動で行ってくれたりしたら便利だなぁと。

こびとが乗った人の絵と「ミニアシスタント」という文字が描かれている色紙の写真
ワークショップにて。アイデアは言葉でなく絵で表現します。

──偶然にも「AIで街案内」というアイデアが複数出て、ワークショップの講師の井坂さんからは「アイデアはブルースカイの発想で。なるべく既存のサービスや製品とかけ離れたもの、これまでの世の中にないものを自由にイメージしてほしい」というアドバイスがありましたね。

サトちゃん:僕もちょっと、それこそ「障がい者ではなく街を浮かべる」みたいな、突拍子もないアイデアも聞いてみたいなと思ってました。

──他のリードユーザーの方からも、そういった意見が出ていましたね。

リンさん:講師の井坂さんが「ドラえもんのポケットみたいなアイデアでもいい」とおっしゃっていたのですが、そこに引きずられちゃったのかも(笑)。年々頭が固くなっているみたいで、ちょっと反省しています。

ソニー株式会社(SEC)の伊藤鈴さんの笑顔の写真

さぶちゃん:僕もつい、大学で研究をしていたときのクセなのか、「実現可能性」とか考えちゃって。

サトちゃん:今日のテーマの「移動」は障がい者にとって永遠の課題。楽しくてワクワクする、ストレスのない移動っていうのは、逆に僕らもイメージできていないところだと思いました。

「不便」に慣れてしまっているからね。今日の「感情マップ」では、「言われてみたら、そこは『不便』だったわ」みたいな発見がいっぱいありました。

お互いに「解体」しあったら、イノベーションの種が見えてくる

佐藤さんと佐武さんが話している写真

サトちゃん:「感情マップ」の話をしていて思ったんだけど、本当に僕らを「解体」してほしいなって。ソニーさんたちにいっぱい観察してもらって、僕らが知らないところをいっぱい掘ってもらって。それがイノベーションだったり、今後の事業を展開していくときの種になったら。そんなところに僕らがいれたら嬉しいなぁと、いま思っています。

さぶちゃん:今日のワークショップで、リードユーザーさんには僕らが気づかないような社会の「不便」が見えているんだと、すごく感じました。僕は障がいがある方に協力いただいて製品のユーザーテストを実施する業務にもたずさわっているので、今日感じたことをしっかり部署に伝えて、気づきを形にしていきたいです。

ソニー株式会社(SEC)の佐武陸史さんが話している写真

リンさん:私も! 仕事ではテレビ内のアプリのUI/UX設計をしていて、文字の見えやすさや文章の伝わりやすさには色々こだわっていました。でも、サトちゃんがスマホのアプリを使いこなしているのを見て、いろいろ気づきがあったんです。これからは、いま製品を使っている方がどんなふうに使っているのかを知って、UI/UX設計に取り組みたいと思いました。

ソニー株式会社(SEC)の伊藤鈴さんが話している写真

サトちゃん:ありがとう! 本当に僕、ワークの途中で「自分事に置き換える」というプロセスがあるんですけど、そこが一番ワクワクするんですよ。障がい者の「不便」が事業化する、イノベーションの種になる。福祉の領域をちょっと飛び越える感じが出てくると、もうなんだかニコニコしちゃいますよね。

ソニー株式会社(SEC)の伊藤鈴さん、佐武陸史さんが佐藤 尋宣さんを囲んでカメラ目線で笑顔の写真

新入社員のTakeaway

・誰かの「不便」を自分ごと化してみる

リードユーザーさんの「不便」を自分ごと化したら、実はみんなが不便に感じているのに、意外とスルーされていたことがたくさんあると気がつきました。誰かの「不便」を特殊なニーズと済まさずに、どうしたらもっと良くなるかを考えていくことは、誰もが使いやすい製品づくりに直結しそうです。

・時には右脳でジャンプする

アイデア出しのとき、リードユーザーさんたちが「もっと自由でいいんだよ」と言っていたことが心に残っています。実現可能性があるか?に縛られず、時には右脳を使いアイデアをジャンプさせることで、これまで無かった、より良い未来を描けるのかもしれないと思いました。

・お互いの固定観念を「解体」する

今日はサトちゃん、和久井さんの物事の捉え方を知って、自分たちの固定観念がグラグラ崩れる瞬間がたくさんありました。実はサトちゃんも、私たちの意見で「その『不便』はあきらめてしまっていた」と感じたことが色々あったそうで、「もっと僕らを『解体』してほしい」と言ってくれました。お互いの固定観念を「解体」すると、一気に世界が広がる。この発見を、これからの仕事にも生かしていきたいです。

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