α6300, FE 16-50mm F3.5-5.6 OSS
Vol.4
2025年1月
サラマンダーが映画スターに
なるまでの道のり
「Sony Future Filmmaker Award 2024」の環境部門にノミネートされた『HELLBENT』は、アニー・ロス(科学ジャーナリスト、映画監督、童話作家)とジャスティン・グラブ(映画監督、写真家、作家、ナチュラリスト)の共同製作によるドキュメンタリー映画です。ペンシルベニア州の田舎町が抱える環境問題に焦点を当てる本作の物語の中心は、絶滅危惧種リストへの追加が検討されているヘルベンダーサラマンダー*。この生き物の視点からは、自然の中ではどのような変化が見られるのでしょうか?アニーさんとジャスティンさんへのインタビューから作品に込められたメッセージを探り、私たちの地球環境の未来について考えてみましょう。 * 両生綱有尾目オオサンショウウオ科ヘルベンダー属に分類される有尾類。
アニー・ロス(Annie Roth)
映画監督、科学ジャーナリスト
カリフォルニア州サンタクルーズを拠点に活動する映画監督、科学ジャーナリスト、童話作家。『ナショナルジオグラフィック』『ニューヨーク・タイムズ』『ハカイマガジン』など、その他多くのメディアで、生物学、生態学、野生保護動物問題を取り上げる。インターネットや海の深部にまで踏み込むように未知の領域や隠れた情報を追い求め、ユニークで価値のある物語を探求。物語を通じて、人間と動物の両方にとってより良い世界づくりを目指している。
ジャスティン・グラブ(Justin Grubb)
映画監督、写真家
1991年生まれ、ミズーリ州セントルイス在住。受賞歴のある映画監督、写真家、著述家、ナチュラリストであり、「Running Wild Media」の共同創設者。自然への愛とアウトドアへの情熱から、地球上の最も過酷な環境に足を運び、絶滅の危機に瀕する野生生物の研究と撮影に取り組んでいる。2017年には野生生物保護分野におけるリーダー育成プログラム「Emerging Wildlife Conservation Leader」に選出された他、映像コンペティション「Nat Geo Wild」の「Wild to Inspire」賞を受賞。また、探検と科学的研究を促進する国際的な非営利団体「The Explorers Club」の会員であり、「International League of Conservation Photographers」の「Emerging League会員」でもある。
主役は神出鬼没のサラマンダー
なぜ、ヘルベンダーサラマンダー(以下、ヘルベンダー)をこの映画の主役にしようと思ったのですか?
アニー・ロス: ジャスティンは生物学者としてヘルベンダーを研究していました。研修会でアイデアを提案してくれて、みんながすぐに賛同しました。
ジャスティン・グラブ: ヘルベンダーは奇妙なカルト的人気を持っています。ビールの名前に使われたり、Tシャツの柄に使われたり、巨大なヘルベンダー型のケーキがつくられたりしているんです。ヘルベンダーは、水がきれいで生息地が健全であることの象徴として地元の人に愛されています。しかし、ヘルベンダーがいる地域では有名でも、他ではほとんど知られていないことも事実です。ヘルベンダーはとても秘密主義で、一生の大半を岩の下で過ごすため、短い繁殖期以外に彼らを見かけることはほとんどありません。日本のオオサンショウウオと近縁ですが、体長は約50cmと比較的小型です。
アニー: ヘルベンダーは「炭鉱のカナリア」のような存在なんです。つまり、生息地に何か問題があると、真っ先に姿を消してしまう生き物です。ヘルベンダーは環境の健全性と直接関わっており、その環境で共に暮らす人間の健康にも影響を与えます。アメリカでは淡水汚染が大きな問題となっています。多くの人がその影響を受けているにも関わらず、メディアで取り上げられることはほとんどありません。そこで、より広範な環境問題と深く結び付いていながら、あまり知られていないこの生き物の物語を伝えることで、力強いストーリーテリングができると考えました。
ヘルベンダーの撮影ならではの挑戦はありましたか?
アニー: 映像の入手は大きな課題でした。イルカやクジラの映画をつくる場合、ShutterstockやGetty Imagesのようなビジュアルコンテンツのプラットフォームで数えきれないほどの映像が手に入ります。でも、ヘルベンダーは一部ニュースのアーカイブ映像を除くと質の高い映像がほぼなかったため、自分たちで撮影する必要がありました。また、両生類が少し不気味だと感じる人もいるので、いかに可愛らしく見せるかも課題でした。難しくはありましたが、その点は成功したと思っています。私たちの映画の中では、両生類がとても愛らしく見えるのではないでしょうか。もちろん、そう思わない人もいるかもしれませんけどね。
ジャスティン: 環境を乱さないことも難しい課題でした。岩を動かしたり蹴ったりすると、生息に適さなくなる可能性があります。ヘルベンダーは四方を囲まれ、入り口が一つしかない岩場を好むのです。また、彼らが生息する山岳地帯の急流で撮影機材を安定させるのも難しかったです。
クリエイターが環境にもたらす影響
なぜ野生生物に焦点を当てるのではなく、きれいな水を求めて戦う町の様子を取り上げたのですか?
アニー: このプロジェクトを始めた当初は、ヘルベンダーに焦点を当てたいと考えていました。彼らの物語を伝えたかったんです。しかし、そのためには伝える手段が必要だと気付きました。ヘルベンダーの映像をどれだけ撮っても、人々の関心を得られるとは考えにくかったのです。でも、ペンシルベニア州でフラッキング*会社と戦う「イースト・ラン・ヘルベンダー協会」というコミュニティと出会い、彼らを通じて伝えることができると確信したんです。 *シェールガスやシェールオイルなどの採掘で行われる、水圧で岩を破砕する技術
ジャスティン: 地下から天然ガスや石油を水圧破砕法を使って採掘するフラッキングは、アパラチア山脈に生息するヘルベンダーの生息地に大きな影響を与えています。
アニー: イースト・ラン・ヘルベンダー協会は、ヘルベンダーを大切にしているだけでなく、自ら行動を起こしているところに私たちは惹き付けられました。「ヘルベンダーは危機に瀕している」という映画をつくることはできても、それだけでは何も変わりません。でも、実際にアクションを起こし、変化を生んでいる人々を描き、鑑賞者自身も何かできる方法を示す映画をつくることは、意義があると感じました。加えて、奇妙で可愛らしいヘルベンダーが、この映画の物語や彼らのコミュニティ活動に軽やかさを与えていました。だからこそ、彼らは自分たちを「ヘルベンダーズ」と名付けたのだと思います。もし「ペンシルベニア反フラッキング団体」と名乗っていたら、誰も関心を持たないでしょう。でも、「イースト・ラン・ヘルベンダー協会」と名乗ると、注目が集まりますよね。
ジャスティン: 保護活動では生き物に焦点を当てることが多いのですが、実際は地元の人々と協力し、地元の政治に働きかけることによって進められます。この映画を通じてコミュニティと協力することは、ヘルベンダーを小川に放したり、生息地を再生することとはまた違う影響を生むことができるのです。
映画の鑑賞者に関心を持たせるにはどうすればよいと思いますか?
アニー: まずはその生き物を魅力的に描き、鑑賞者が共感できるようにします。そして、鑑賞者が現実世界でできることを示します。単に、自分たちの行動がその魅力的な生き物に悪影響を与えていると知るだけでは、鑑賞者は行動に移さないかもしれない。でも、もし希望を与え、環境への影響を減らす方法を伝えれば、おそらく行動を起こすでしょう。ただ、何よりも鑑賞者にはヘルベンダーを大好きになってもらいたいんです。正直に言うと、生き物を好きにさせることは簡単です。それは、どの生き物にも素晴らしいところがあるから。生き物はしばしばおもしろおかしく、人間に似た行動をします。私たちはみんな、この星で生き延びようとする生き物であることに変わりなく、もしその生き物を共感できる存在に見せることができれば、鑑賞者をファンにすることができます。
作中の題材となる動物や人とどのように信頼関係を築くのですか?
ジャスティン: 主要な登場人物で、きれいな水の保全に取り組んでいる母親と娘の2人は、最初から撮影に対して協力的でした。彼女たちは自らの取り組みが興味深いものであることを確信していたため、それを共有したいと考えていたのです。でもそれだけ協力的な人々であっても、私たちとの壁を取り除くために、何日かかけて親しくなる必要があります。そこで、私たちは彼女たちの家の横にある木々の間にハンモックを設置して、リラックスしながら過ごしました。パンデミックの影響もあり、撮影期間中はずっと彼女たちの家の裏庭でキャンプをすることになりました。
ヘルベンダーに関しては、雄の繁殖シーズンだったので完璧なタイミングでした。彼らは繁殖のために雄同士の戦いに集中していたので、私たちの存在をあまり気にしておらず、素晴らしい映像を捉えることができました。私たちはカメラワークを目立たせないように、とにかくゆっくりと静かに動いて撮影していたので、ヘルベンダーたちは私たちを気にすることなく、繁殖に集中していました。
世の中のクリエイターの方たちには、動物福祉についてもっと考えてほしいと思っています。私たちが撮影する際は、できるだけその生き物を最優先に考え、もし彼らがストレスを感じている場合は、すぐにその場を離れます。なかには、生き物を危険にさらすような野生動物関連のインフルエンサーもいますが、私たちが目指しているのは、生き物たちを尊重し、支援し、保護することであり、決してその生き物たちを犠牲にして「いいね」やお金を集めることはありません。
作品の影響をどのように測っていますか?
ジャスティン: 映画の登場人物たちは、ペンシルベニア州や最高裁判所のような大きな組織と戦っているなかで孤立感を感じていました。この作品が映画祭で上映されることで、その孤立を打破する手助けになりました。彼らはパネルディスカッションに招待され、自分たちの名前を冠したヘルベンダーが命名され、全国から応援の手紙を受け取るようになったのです。それが地域の人々の大きな支えとなり、それにより戦い続けることができたのだと思います。
もうひとつの重要な成果は、彼らが似たような環境不正義に直面している他のコミュニティと繋がり、進むべき道を示したことです。私たちはすべてのクリエイティブプロジェクトにおいて、環境とコミュニティの権利に対する情熱を原動力に、変革を目指しています。どのプロジェクトも保護活動に軸足を置き、どのように具体的な影響を生み出すかを明確にした計画を立てています。『HELLBENT』もその一環です。
アニー: 私たち製作スタッフも、「Sony Future Filmmaker Awards 2024」に参加した際に似たような繋がりを感じました。他の環境映画の製作者たちに出会えて本当に嬉しかったです。ハリウッドに進むことが決まっているフィクション映画の製作者たちと一緒に参加できたことも特別な経験でした。環境をテーマにしたストーリーテリングに対して、ハリウッド思考の製作者からアドバイスをもらうことは、唯一無二の貴重な経験でした。環境映画と一般的な映画の世界はかけ離れているようにも感じるので、今回のようなつながりをソニーが提供してくれたことに感謝しています。
環境映画製作における大切なこと
今後の展望を教えてください。
アニー: 環境問題は政治的、経済的、文化的な問題と同じレベルでメディアの注目を受けることは少ないです。人々は毎日のように、環境問題による深刻な影響を受けているのですから、それは残念なことだと思います。今後は環境問題を取り上げる映画製作者に対する理解と支援がさらに増えることを願っています。
ジャスティン: 環境は最も重要な映画のジャンルだと考えています。なぜなら、生きるためにはきれいな水、新鮮な空気、健康的な食べ物が必要だからです。私たちの作品は、これらの基本的なニーズに貢献していきたいと考えています。また、私たちは希望に繋がるようなメッセージとなるよう意識しています。ポジティブな影響を与えているグループや回復途上にある種を紹介することで、ネガティブなメッセージよりも人々の背中を押せるはず。だからこそ、たとえ困難を描くとしても、映画をポジティブなストーリーに保ち、希望を与えるような良いニュースで締めくくることを心がけているのです。
アニー: 最終的には鑑賞者には希望を感じてもらい、また動物を人間と同じ価値ある存在であることを、作品を通じて観てほしいと願っています。私たちがつくる作品を観れば、きっとそれが伝わるはずです。